~労災保険(労働者災害補償保険)の特別加入制度~
1.はじめに
弁護士・社会保険労務士・キャリアコンサルタントの澤井利之です。今回は経営者の方の業務上災害への備えについてお話しさせていただきたいと思います。民間の保険等に加入されていることもあると思いますが、一定の条件の下で経営者の方も労災保険(労働者災害補償保険)に加入することができます。
2.労災保険(労働者災害補償保険)とは
会社等で働いている労働者が仕事上でケガや病気となった場合には労災保険から病院での治療やケガや病気が原因で働けない場合の休業補償を受けることができます。この労災保険は、労働者を1人でも雇っている場合には必ず加入しなければならないものとされています。また、常時雇用する労働者がいなくても例えば1週間だけのアルバイトであっても労災保険は法律上成立しますので、必要な手続を行い保険料の納付をしなければなりません。
労災保険は労働基準法の事業主の災害補償責任をカバーするものですが、仕事中だけではなく職場への往復の通勤災害についても補償範囲となっています。
保険給付の内容は、病院等での治療(療養の給付等)やケガや病気のため働けない場合の休業補償(休業補償給付等)のほか、障害が残ってしまった場合には障害の程度に応じて年金や一時金(障害補償給付等)、介護が必要となった場合は必要な給付(介護保障給付)、お亡くなりになった場合には遺族に対して年金等の支給(遺族補償給付等)などがあります。
このように労働者には労災保険によって補償を受けることができる制度となっています。
3.経営者は労災保険に加入できるか
労災保険は労働者を対象としているため、会社の経営者は労災保険によって補償されないのが原則です。しかし、中小企業の経営者の中には労働者と同じように業務を担当している場合があり、仕事上のケガや病気が発生する危険性に変わりがない場合もあります。
このような点から、経営者は労災保険によって当然には補償されませんが、一定の条件の経営者は、希望すれば労災保険に加入することができることとされています。
これが、労災保険の中小事業主の特別加入制度です。
4.特別加入ができる条件
特別加入ができる条件は、下記の表の①②の条件を満たす場合です。
| 特別加入ができる条件 | |
|---|---|
| ① | 労災保険が成立している法人の事業主であって常時使用する労働者の数が一定人数以下(金融業・保険業・不動産業・小売業50人以下、卸売業・サービス業100人以下、その他の業種300人以下)の中小事業主(代表者)及び経営者(取締役等)であること |
| ② | 労働保険事務組合に労働保険の事務処理を委託していること |
なお、常時使用する労働者が1人もいない場合は原則として特別加入することはできません。また、事業規模が大きく前述した中小事業主に該当しない場合には特別加入することはできません。
さらに企業単独で特別加入することはできず労働保険事務組合に労働保険の事務処理を委託していることが必要です。
このような要件を満たした場合に、都道府県労働局長に申し出て、承認が受けられれば特別加入することができます。
5.特別加入の特徴
特別加入の特徴としては休業した際の保険給付を自分で選択できます。具体的には、仕事上のケガで働けないため休業補償給付を受ける場合の1日当たりの金額(給付基礎日額)を3,500円~25,000円の範囲で16段階の中から選んで申請することができ、労働局長が決定します。
この給付基礎日額は保険料にも反映しますので、低い金額を選択するすれば保険料は安くなりますが、休業補償の金額も少なくなってしまいます。一方、高い金額で特別加入すれば休業補償の金額の高くなりますが、実際に会社から受けている金額を大幅に上回るような不適切な金額は選択すべきではありません。
給付基礎日額は原則として休業補償給付などの現金給付の場合には選択した金額により保険給付の額が変動しますが、病院で治療を受けるなどの療養の給付(現物給付)は影響を受けません。
6.特別加入の補償の範囲
特別加入の補償の範囲は労働者の場合と少し異なり、仕事上または通勤により災害を被った場合のうち、下記の表の①~⑦のいずれかに該当する場合には、労災保険から給付を受けることができます。
| 特別加入の場合に労災保険から給付を受けられる場合 | |
|---|---|
| ① | 特別加入の申請書の業務の内容欄に記載された労働者の所定労働時間(休憩時間を含む)内に特別加入申請した事業のためにする行為およびこれに直接付帯する行為を行う場合(事業主の立場で行われる業務を除く) |
| ② | 労働者の時間外労働または休日労働に応じて就業する場合 |
| ③ | ①または②に前後して行われる業務(準備・後始末行為を含む)を中小事業主等のみで行う場合 |
| ④ | ①、②、③の就業時間内における事業場施設の利用中および事業場施設内で行動中の場合 |
| ⑤ | 事業の運営に直接必要な業務(事業主の立場で行われる業務を除く)のために出張する場合 |
| ⑥ | 通勤途上で次の場合、ア労働者の通勤用に事業主が提供する交通機関の利用中、イ突発事故(台風、火災など)による予想外の緊急の通勤途上 |
| ⑦ | 事業の運営に直接必要な運動競技会その他の行事について労働者(業務遂行性が認められる者)を伴って出席する場合 |
特別加入の保険料は、給付基礎日額×365日にその会社における労災保険料の保険料率を乗じた額となります。
例えば、給付基礎日額を10,000円として、その会社で保険料率12/1000の建設業(既設建設物設備工事業)の場合の年間の保険料は、10,000×365×12/1000=43,800円となります(令和4年度)。
7.特別加入を検討するにあたって
中小事業主が特別加入するためには、労働保険事務組合への事務委託や都道府県労働局長への加入申請といった手続が必要となります。
特別加入について興味を持たれて検討される場合には特別加入を取り扱っている社会保険労務士にご相談ください。
弁護士・社会保険労務士 澤井 利之
