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【建築2】「住む」を守るためのルール

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1.はじめに

 前回のコラムでは、建築に関する法制度を3つのグループ(①行政機関・公共との関係を規律する法制度、②取引関係者との関係を規律する法制度、③その他の法制度)に大別して概観しました。

 今回のコラムでは、そのうち、①行政機関・公共との関係を規律する法制度について、注意すべき法改正の内容にも触れながらご説明したいと思います。


2.「建築」にルールが必要となる理由

 「建築」に関するルールは、日本のみならず世界中に古くから存在する普遍的なものです。

 紀元前の古代ローマ帝国では、既に建築物の高さや建築物同士の間隔に関するルールが存在していたようであり、こうしたルールは現在の建築法規にも受け継がれています。

 日本においても、度重なる江戸の大火に対処するため、江戸時代には防火に関するルールが導入され、屋根の仕上げ材料を制限したり、土蔵造りや塗家造りが奨励されていました。

 このように「建築」に関するルールが古今東西を通じて存在する理由は、建築物が人々の「住む」ことを担うものであり、居住者の生命・身体の安全確保や、地域の発展や整備、環境にも密接な関わりがあるからです。
 現在の日本の建築法規でも、上記の考えのもと、法律の目的を次のとおり定めています。

【建築基準法】

「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする」(第1条)

【都市計画法】

「この法律は、都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする」(第1条)


3.「建築」に関するルールの概要

(1)集団規制と単体規制

 建築物に関するルールは、「集団規制」と「単体規制」に大別されます。

 「集団規制」とは、建築物の集合体が都市・市街地であり、安全で良好な都市・市街地を形成するためには個々の建築物の規制が必要であるという観点のルールです。

 「単体規制」とは、人々が利用する個々の建築物について、その用途に応じて構造、設備、安全性を確保するという観点のルールです。

 「集団規制」の一つの例として、都市計画法が定める地域地区制度があります。

 地域地区制度とは、区域内の土地を都市計画法が定めるいくつかの種類の「地域地区」に区分した上で、各区分に応じた建築物の用途や形態(容積、構造等)のルールを適用するものです。

 この地域地区制度は、都市計画の最も根幹的な制度の1つであるとともに、最も歴史のある制度と言われています。1919年(大正8年)に「住居」「商業」「工業」の3種類の区分が設定されて以降、時代や都市の変化に対応して、多くの改正や新たな区分の創設が行われてきています。

 「地域地区」の区分状況は、インターネットでも簡単に調べることができますので、ご自身の街の「地域地区」を調べてみると面白い発見があるかもしれません(札幌中心部でも大通公園や創成川の一部など多くの地域が「風致地区」に区分され、建築物の建築制限や緑化などのルールが定められているようです)。

 次に「単体規制」の根幹をなしているのは、建築基準法が定める建築確認制度です。

 建築確認制度は、建築主事等が、建築物の建築計画が建築基準法をはじめとする各種建築法規に適合するものかどうかを「確認」するものです。着工前の建築確認、一定の場合には中間検査、竣工後の完了検査という確認検査を受けることにより、各種建築法規への適合性を担保しようとする制度です。


(2)注意すべき法改正(省エネ基準適合義務の対象拡大)

 日本のエネルギー消費の約3割を占める建築物分野での省エネ性能対策や、木材需要の約4割を占める建築物分野での木材利用の促進のため、「建築物省エネ法」が改正されました。本改正は、建築に携わる事業者に大きな影響を与えることが予想されますので、注意が必要です。

 改正による変更点は多岐にわたりますが、本コラムでは「省エネ基準適合義務の対象拡大」「適合性判定の手続・審査」についてご紹介いたします。

 従前から一定の規模・種類の建築物には「省エネ基準」への適合義務が課されていましたが、法改正により、原則として全ての新築の建築物に対象が拡大します(建築確認の対象外の建築物等については対象外)。

 この改正により、建築主は、まず建築確認段階において、所管の行政機関に対して省エネ性能確保計画を提出し、「省エネ適合性判定」を受ける必要があります。また、竣工後の完了検査においても、建築主事から建築物が省エネ基準に適合していることの検査を受ける必要があります。

 なお、仕様基準を用いるなど審査が比較的容易な場合には、建築確認段階において、所轄の行政機関から「省エネ適合性判定」を受けるのではなく、建築主事の確認審査の中で省エネ基準への適合性の確認を受けることになります。

 詳しい内容については国土交通省のホームページでも確認できますが、ご不明な点等がありましたら当事務所までお問い合わせください。


4.「建築」に関する紛争事例(周辺住民との関係)

 建築法規に違反した建築物を建築した場合には、行政機関から工事の施工の停止命令や建築物の除却、移転、使用禁止等の違反を是正するための措置命令が出されることがありますし(建築基準法9条)、更に命令に違反した場合には、懲役や罰金が科されることがあります(同法98条等)。

 建築物を建築する際には、上記のような行政機関との関係でのペナルティだけでなく、建築物に入居する居住者や周辺住民との間でも紛争になる事例があります。

 これは、建築物が人々の「住む」ことを担うものであり、居住者の生命・身体や地域の生活環境に密接な関わりがあるからだと考えられます。

 著名な紛争事例として「国立マンション事件」と呼ばれる事例をご紹介いたします。

【事実関係】

 東京都国立市の国立駅前から延びる幅員40メートルほど「大学通り」と呼ばれる道路に面して、高さ約44メートル、地上14階建てのマンションが建設されました。

 周辺住民は、大学通り沿いは以前から高さ約20メートルの桜と銀杏からなる街路樹との調和を保って建築がなされてきたところ、上記のマンションはそのように形成されてきた「良好な景観」を侵害するとして、マンションの高さ20メートルを超える部分の一部撤去や損害賠償を求めて裁判を起こしました。

【裁判所の判断】

 この訴えに対して、第1審判決(東京地方裁判所平成14年12月18日判決)は、周辺住民の「景観利益」に対する侵害を認め、マンションの高さ20メートルを超える部分の撤去を命じる判決を下しました。一方、控訴審判決(東京高等裁判所平成16年10月27日判決)は、第1審判決の判断を取り消し、一転して周辺住民の請求を認めませんでした。

 このように判断が分かれる中、最高裁判所は、次のような判断を示しました(最高裁判所第1小法廷平成18年3月30日判決)。

「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は、法律上保護に値するものと解するのが相当である」

「本件におけるように建物の建築が第三者に対する関係において景観利益の違法な侵害となるかどうかは、被侵害利益である景観利益の性質と内容、当該景観の所在地の地域環境、侵害行為の態様、程度、侵害の経過等を総合的に考察して判断すべきである・・・(中略)・・・ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには、少なくとも、その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解するのが相当である」

 以上のように、最高裁判所は「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者」が有する「景観利益」を法律上保護に値するものと認めた上で、建築物の建築による「景観利益」の侵害が違法となる場合があることを示しました。

 ただ、本件では建築基準法や条例違反がないことなどを考慮し、結論として、マンションの建築に違法性はないと判断し、周辺住民の損害賠償請求等を認めませんでした。

 上記の最高裁判所の考え方を踏まえると、建築物を建築する際には、建築基準法等の建築法規を遵守することはもちろんですが、建築物の所在地の地域環境や周辺住民に配慮しながら建築計画の策定や工事の施工を行うことが重要だと考えられます。


5.まとめ

 今回のコラムでは「行政機関・公共との関係を規律する法制度」について、そもそも「建築」にルールが必要となる理由やその概要、実際の紛争事例をご紹介してきました。

 次回は「取引関係者との関係を規律する法制度」について深掘りしたいと思います。事業活動を行う上で日頃から注意しておくべき点をご紹介する予定ですので、次回もぜひお読みいただければ幸いです。

弁護士 三本竹 寛