当事務所のHPはこちらです。https://ambitious.gr.jp/

【建築3】取引をする際の注意点

この記事は約6分で読めます。

1.はじめに

 本コラムでは、建築に関する法制度を分類したうえで説明してきました。

 今回のコラムでは、そのうち「取引関係者との関係を規律する法制度」について見ていきたいと思います。日頃の取引で注意してほしい点や近時の法改正(民法改正)により影響のある部分を説明したいと思いますので、参考にしていただければと思います。


2.契約の「成立」に関するルール

(1)書面の作成は必要か?

 契約は「契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示」に対して「相手方が承諾」したときに成立するとされ(改正民法522条1項)、原則として「書面の作成その他の方式を具備することを要しない」(同条2項)とされています(なお、国や地方公共団体との間での公共工事の請負契約等については、例外的に、契約の成立に当たって書面の作成が必要となります)。

 このように民法では、原則として口頭でのやり取りでも契約は成立し、必ずしも契約書等の書面の作成までは必要ないとされていますが、契約内容の明確化や後日トラブルになった場合に備えるためには、口頭でのやり取りの内容や合意した契約内容を書面に残しておくことが重要です。

 建設業法では、工事内容や請負代金の額等の契約内容、契約後にこれらの内容を変更する場合にはその変更内容を書面化することが規定されていますが(同法19条1項・2項)、上記のような趣旨に基づくものだと考えられます。

 なお、最高裁判所建築関係訴訟委員会が過去に実施した調査によると、東京地方裁判所及び大阪地方裁判所に係属した建築関係事件のうち契約書が存在しないケースの割合は、東京地裁では54%、大阪地裁では40%にのぼり、建設工事に関する契約の締結に際して契約書が作成されないケースが多いという実態があります。

(2)実際のトラブル事例際のトラブル事例

 建設工事に関する取引をする際、契約の締結時にはきちんと契約書を作成したものの、その後に工事内容や請負代金の額等を変更する場合に、契約の変更内容を書面に残しておらず、それが原因でトラブルになることがあるので注意が必要です。

 実際のトラブル事例として、マンションの建設工事を受注した後、エレベーターの位置を変更することになり(この点については注文者の承諾がある)、それに伴って居室の間取りの変更が発生したケースで、間取りの変更についても注文者の承諾があったか否かが争点となった裁判例があります。

 このケースで、裁判所は「(間取りの変更について)具体的な変更方法、内容については、いろいろあるはずであるから、基本的部分について説明し、承諾を得る必要があるが、承諾を得たと認めるだけの証拠がない」「個別具体的に変更について合意がされたと認めることができないので、これを瑕疵といわなければならない」(大阪高判平成15年12月24日)と述べ、注文者の承諾なく間取りの変更が行われたことを前提にして、施工業者の責任を認める判断をしました。

 上記のケースで、真実、注文者の承諾がなかったのかどうかは不明ですが、トラブルになった場合には「契約の変更内容に承諾したこと」を書面等の資料により証明できるかどうかが重要となります。取引の際には、契約の締結時だけではなく、契約内容を変更する際にも「承諾書」「確認書」等の書面を作成することをご検討ください。


3.工事代金債権の「時効」に関するルール

(1)民法改正によるルール変更

 日常的に多数の取引を行っている企業にとって「消滅時効」(ある権利が行使されない状態が一定期間継続した場合にその権利の消滅を認める制度)に関するルールを把握しておくことは重要です。

 従来、工事代金債権等の「工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権」は、工事終了時から「3年間」行使しないときには債権が消滅すると定められ(改正前民法170条2号)、一般的な債権よりも短期で債権が消滅するというルールになっていました。

 令和2年4月に施行された改正民法では、この短期消滅時効が撤廃され、一般的な債権と同様に「権利を行使することができることを知った時」から「5年間」行使しないとき、又は「権利を行使することができる時」から「10年間」行使しないときには債権が消滅するというルールに統一されました(改正民法166条1項)。前者は、権利行使が可能なことを債権者が知った時点という主観的(属人的)な基準により判断されるため「主観的起算点」といい、後者は、権利行使が可能な時点という客観的な基準により判断されるため「客観的起算点」といいます(下図「主観的起算点と客観的起算点」を参照)。


(2)「権利を行使することができることを知った時」とは?

 通常の取引では工事代金の支払時期が契約書に明記されていますので、契約書が作成されている場合にはそこに記載された支払時期が「権利を行使することができることを知った時」になると考えられます。そのため、代金支払時期から「5年間」行使しないときに債権が消滅することになります。

 一方、代金支払時期が契約書に明記されていなかったり、そもそも契約書自体が作成されていない等、工事代金の支払時期が不明確な場合には、施工業者が「権利を行使することができることを知った時」がどの時点なのかが争いになるおそれがあります。

 「権利を行使することができることを知った時」(主観的起算点)を特定できない場合であっても、受注した工事の完成時又は引渡時が「権利を行使することができる時」(客観的起算点)に当たるため、そこから「10年間」行使しなければ債権が消滅することになりますが、消滅時効の時期をめぐって取引先とトラブルにならないよう、代金の支払時期が契約書に明記されているか確認することをおすすめします。


4.施工不良の「責任」に関するルール

(1)施工不良があった場合の責任(契約不適合責任)

 施工業者が完成させた工事に施工不良(不具合)があった場合、従来は「瑕疵担保責任」と呼ばれる責任(改正前民法634条)が発生するというルールになっていましたが、改正民法では「瑕疵担保責任」の規定が排除され、その代わりに「契約不適合責任」(改正民法562条・559条)が発生するというルールに変更されました。

 契約不適合責任は「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」に生じ、責任を負う施行業者は、注文者の求めに応じて、目的物の修補等の対応をしなければなりません。

(2)責任期間の変更(実質的な伸長)

 施工不良に関する責任追及が可能な期間(責任期間)については、従来、完成した仕事の目的物の「引渡しの時」を基準に「1年」(建物その他の土地工作物については「5年」、コンクリート造の工作物については「10年」)とする規定(改正前民法637条・638条)が置かれていました。

 改正民法では、この責任期間に関するルールが修正され、注文者が施工不良を「知った時」を基準に「1年」以内に責任追及(又は施工不良の事実を通知)しなければならないというルールに変更されました(改正民法637条1項)。その結果、たとえ目的物の引渡しから1年以上が経過していても、注文者が施工不良を知ってから1年以内であれば、施工業者は責任を負うことになります(ただし、引渡時から10年以上が経過している場合には、上記「3」でご説明した消滅時効により免責される余地があります)。

 責任期間の起算点が、仕事の目的物の引渡時という客観的な基準から、注文者が施工不良を知った時という主観的(属人的)な基準に変更されたことにより、注文者側の事情を把握し得ない施工業者にとっては、実質的に責任期間が伸長されたと考えられますので注意が必要です。


5.まとめ

 今回のコラムでは「取引関係者との関係を規律する法制度」について、民法改正により影響のある部分を中心に、日頃の取引で注意してほしい点をご紹介してきました。
 コラムをお読みいただき契約書の内容の見直し等のご相談がありましたら、当事務所までお気軽にお問い合わせください。

弁護士 三本竹 寛