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弁護士に学ぶ!成長のための企業法務~メルマガ版~vol.13(労務(退職する従業員の競業避止義務))

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  2018年春から、帝国ニュース【北海道版】で「弁護士に学ぶ!成長のための企業法務」というタイトルで毎月1回連載させていただいています。

 ここでは、同連載でこれまで取り上げたテーマを振り返りつつ、法改正や実務動向の変化を踏まえて、要点のみを改めて端的に伝えていきます。

今回のテーマは↓です。

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 労務(退職する従業員の競業避止義務)

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 退職した従業員の競業行為を禁止したり、それを根拠に損害賠償請求したりすることは簡単なことではありません。前提として、当該従業員との間で退職後の競業避止行為を禁止する有効な競業禁止契約を締結しておく必要があります。もっとも、有効な競業禁止契約と判断されるためのハードルは一般的に考えられているよりも高いので、本稿で説明する内容を前提として、今一度、御社の競業禁止契約の内容をご確認いただければと思います。


1. 職業選択の自由との関係

 憲法は、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」(憲法第22条第1項)と定め、職業選択の自由を保障しています。職業選択の自由というのは、誰でも、自分が就労する職業を自由に選択できるということです。そして、企業が退職した従業員に競業避止義務を課すことは、職業選択の自由を侵害する可能性が高いため簡単にできることではありません。これが基本的な考え方です。


2.退職後の競業避止義務

 もっとも、多くの従業員は、在職中にその企業に蓄積されたノウハウや、顧客に関する情報や、営業上の秘密等に接することになります。そのため、多くの企業では、入社時に従業員に退職後の競業行為を禁止する旨の誓約書に署名させて提出させたり、就業規則で退職後の競業行為を禁止したり、退職時に退職後の競業避止行為を禁止する旨の誓約書に署名させたり、退職する従業員との間で競業行為を禁止する契約を締結したりしています(以下、これらの誓約書や契約書を「競業禁止契約」と総称します)。しかしながら、このような競業禁止契約の有効性に関しては、これまでに多くの裁判例で争われてきており、以下に述べるような一定の要件をクリアしないと、無効な契約と扱われる可能性がありますので、注意が必要です。


(1)企業側に守るべき利益があること

 まず、企業側に守るべき利益があることが必要です。そもそも企業側に守るべき利益がなければ、従業員の職業選択の自由を制限してまで競業避止義務を課す必要はないからです。企業側の守られるべき利益とは、企業が保有する技術的情報や、企業に蓄積されてきた独自のノウハウや、その企業のみが知り得るような顧客情報や顧客・取引先との人的関係などが挙げられます。

(2)競業禁止契約の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっているか

 次に、企業側に守るべき利益があることを前提にして、競業禁止契約の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっていることが必要になります。具体的には、以下の各要素から判断されます。

 ① 従業員の地位や役職

 従業員の地位や役職に照らして、競業避止義務を課す合理的な理由がなければいけません。例えば、執行役員の地位に就いているといった形式的な理由ではなく、実際に担当していた業務の内容といった実質面が重視されます。例えば、企業側の利益として営業上の秘密を保護する必要があるのであれば営業を担当する従業員に対しては競業避止義務を課す合理性があると判断されるといったイメージです。

 ② 地域的な限定

 競業禁止契約の有効性を高める観点からは、地域的な限定を設ける必要があります。この点については、競業避止行為を禁止する地域に限定をかけられるのであれば、可能な限り限定した地域を設定した方が良いとお考えください。具体的には、「北海道全域」と規定するよりも、例えば、「札幌市、小樽市、石狩市」とか、「札幌市中央区、豊平区、北区、東区」といった形です。

 ③ 競業避止義務の存続期間

 競業禁止契約の有効性を高める観点からは、競業避止義務が課せられる期間を制限する必要があります。この点については、何年以内なら有効で、何年以上なら無効といった明確な基準があるわけではありません。ただ、裁判例の傾向では、1年以内の期間については有効と判断される可能性が高いものの、3年になると無効と判断される可能性が高いと言われます。そして、実務上よく目にするのは2年と定めているものです。この点は誤解されている方も多いと感じていますが、最終的には他の要素も含めて総合的に判断されるため、必ずしも2年に限定しておけば有効ということではありませんので、ご留意ください。

 ④ 禁止行為の範囲

 業界によっても異なるものの、競業他社への転職を一切禁止するなど、漠然と広範に禁止するだけでは無効と判断される可能性が高くなります。職種や業務内容を限定することが必要になります。例えば、在職中に担当した顧客への営業活動は禁止するとか、在職中に担当していた業務そのものは禁止するなどの形が考えられます。

 ⑤ 代償措置が講じられているか

 競業避止義務を課す代わりに、代償措置が講じられているか、講じられているとして内容は十分なものかについては、競業禁止契約の有効性を判断する上でも重要な要素と捉えられています。具体的には、在職時に特別な手当てが支給されていたとか、業務進捗の節目毎の奨励金の支給があるとか、競業避止義務を課すことを前提とした高額な報酬を設定しているとか、それを前提とした退職金が支給されているといった点が検討されることになります。

3.まとめ

 多くの企業では、企業の守るべき利益を最大化するために、退職する従業員に対して広範な競業避止義務を課すことを検討してしまいがちです。しかしながら、そもそも従業員には自分らしく自分が望むような人生を過ごす自由が認められており、自分が就労する仕事についても自由に選択することができる権利が保障されています。そのため、企業としては、従業員の立場や権利を正しく認識した上で、バランスの良い適切な競業禁止契約を締結する必要があります。本稿の内容を参考にしていただき、自社の競業禁止契約が適切な内容になっているかを今一度ご確認いただければ幸いです。

弁護士 奥山 倫行