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弁護士に学ぶ!成長のための企業法務~メルマガ版~vol.17(労務(従業員に対する貸付))

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  2018年春から、帝国ニュース【北海道版】で「弁護士に学ぶ!成長のための企業法務」というタイトルで毎月1回連載させていただいています。

 ここでは、同連載でこれまで取り上げたテーマを振り返りつつ、法改正や実務動向の変化を踏まえて、要点のみを改めて端的に伝えていきます。

今回のテーマは↓です。

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 労務(従業員に対する貸付)

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 社会人として暮らしていると、病気やケガで医療費がかさんだり、冠婚葬祭が続いて出費がかさんだり、家族の妊娠や出産で出費がかさんだり、いろいろな場面でお金が必要になることがあります。銀行のカードローンや消費者金融といった選択肢もないわけではありませんが、従業員としては、身近な会社に頼りたいと考えるのも自然なことです。他方、会社としても、従業員がお金の問題に悩むことなく仕事に専念して貰えるのであれば、それはそれで望ましいことです。ただ、十分に検討することなく場当たり的に金銭の貸借を行ってしまうと、余計なトラブルに発展する可能性もありますので、本稿の内容を参考にしていただき、今後の対応をご検討ください。


1.どうしてお金が必要になったのか?

 まずは、どのような事情でお金が必要になったのか、本人から詳細な事情を確認してください。以前、ある会社の担当者の方にこのような話をしたところ、「そんなプライベートな事情に立ち入って聞いてしまうと、プライバシー権侵害とか、ハラスメントとか、何か別の問題に発展しませんか。」と尋ねられたことがありました。日常的な仕事の場面であれば、そのような配慮も必要かもしれませんが、詳細な事情を聞かずに、お金を貸すわけにはいきませんので、正々堂々と、正面から尋ねるようにしてください。また、金銭貸借の基本は信頼関係です。そもそも、借り入れの理由について本当のことを言わない人は信用できないので、貸付を行うべきではありません。また、説明を受けるだけではなく、従業員にエビデンスを提出して貰い、確認してください。


2.いくら貸していつまでに返して貰うか?

 次に、従業員から、いくらを借りて、いつまでに返すつもりかを確認してください。その上で、会社の方でもその内容が従業員の置かれている状況を踏まえて無理なく返済可能な計画になっているかを確認してください。もし無理のある返済計画になっている場合には、会社からお金を貸すことで、かえって従業員を苦しい立場に置くことになりかねませんので、注意してください。

3.返済の仕方をどうするか?

 返済の仕方について注意していただきたいのは「給料からの天引き」です。この点については、以下の2つのポイントを確認する必要があります。少し専門的な話になってしまうので、実際に給料からの天引きを行う場合には、事前に弁護士や社会保険労務士に具体的な内容を確認して貰いながら進めていただいた方が良いかと思います。

(1)労働基準法第17条との関係

 労働基準法第17条は「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」と規定していますが、この点、生活資金の貸付と返済について、「使用者が労働協約もしくは労働者からの申し出に基づき、生活必需品の購入等のための生活資金を貸し付け、その後この貸付金を賃金から分割控除する場合にも、労働することが条件になっていないことが明白な場合には、この規定は適用されない」という通達(昭和63年3月14日、労働基準局長通達150号)があります。そのため、この通達に沿った形での貸付と返済でなければ給料からの天引きは認められません。

(2)給料の全額払いとの関係

 労働基準法第24条第1項は、賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないと規定しています。給料から貸付金の返済額を天引きする場合には、この「全額を支払わなければならない」という点に抵触する可能性があるので、注意が必要です。
 そして、この点について、労働基準法第24条第1項但し書きは、法令に別段の定めがある場合(税法上の源泉徴収や社会保険料の控除)や事業場労働者の過半数で組織する労働組合等との間で書面による協定が締結されている場合には、例外的に給料から控除することができるとしています。そのため、給料からの天引きを行う場合には、①従業員が給料から天引きされることを同意していることと、②毎月の返済額や相殺される給料日などを事前に労使協定に定めておく必要があります。

4.利息の設定をどうするか?

 利息の設定の有無についても、よく質問をいただく項目です。この点については、会社がまとまったお金を無利息で貸してしまうと、税務上、課税対象になるので注意してください。具体的には、国税庁のホームページに、例えば、令和元年中に貸付を行った場合には年1.6%よりも低い利息で会社が従業員に金銭を貸し付けた場合には、年1.6%の利率により計算した利息の額と実際に支払う利息の額の差額が、給与として課税されること等の指針が示されていますので、弁護士や税理士に確認した上で利率の設定を行うようにしてください。

5.担保の設定をどうするか?

 例えば、従業員に対する貸付金が住宅購入資金等の多額の貸付額を想定している場合には保全のために抵当権の設定を行うことも検討すべきだと考えますが、それ以外の場合に、どの程度の担保を要求するかは悩ましい問題です。基本的には担保権の設定を要求すべきだと考えますが、連帯保証人の候補者が見つからない等の状況も想定できるところです。そのため、最終的には、その従業員の置かれている状況や、従前の勤務態度や人柄を総合的に勘案して「担保を設定しないと不安があるな」と感じる場合には貸付を認めないと判断し、逆に「この人物なら心配はない」と強く考えることができるような相手であれば無担保で貸付けるといった形で、実情に即してご判断ください。

6.今後の対応をどうするか?

 従業員貸付金制度は、従業員に対する福利厚生制度の一つになりますが、会社の制度として導入する場合には、他にも検討すべき事項があります。例えば、対象者を全社員とはせずに「勤続年数〇年以上」という形で限定したり、「金額は退職金の2倍まで」とか「給料の3か月分まで」などの形で貸付金の上限を設定したり、それらを合わせて「勤続3年目から5年目までは100万円」「勤続6年目から勤続10年目までは200万円」などと段階的に貸付限度額を設定したりすることが考えられます。そして、最終的には、決定された内容を反映して「従業員貸付金規程」や「金銭消費貸借契約書」を作成していくことになりますが、不安があれば、弁護士等の専門家にも相談しながら進めるようにしてください。

弁護士 奥山 倫行