1.はじめに
前回のコラムでは、事業承継の現状と類型について説明しました。
事業承継を円滑に行うためには、入念な準備を行い、適切なステップを踏んで進めていくことが必要になります。
今回のコラムでは、前回のコラムで説明した親族内承継(現経営者の子をはじめとした親族に事業を承継させる方法)を例に、実際に事業承継を行う場合に、どのような準備が必要になるかを説明させていただきます。
2.なぜ事業承継の準備が必要か
事業承継の構成要素となるのは、人の承継(経営権、後継者の選定、後継者教育)、資産の承継(株式、事業用資産、資金)、知的資産の承継(経営理念、従業員の技術や技能、ノウハウ、経営者の信用、取引先との人脈、顧客情報、知的財産権、許認可等)の3要素に大別されます。このように、事業承継で引き継ぐ対象は複雑であり、かつ、すべてが数値化できないものも多く含まれています。
事業承継は、現経営者と後継者が事業承継に合意しなければ実行することができませんが、対象となる事業の内容が明確になっていない状況では、到底同意に至ることはできません。
そのため、事業承継を実行するまでには、入念な準備を行い、対象となる事業の現状や将来性をより正確に把握しておく必要があるのです。
3.どのような準備が必要か
まず、前回のコラムでも紹介した中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」(令和4年3月改訂 中小企業庁)によれば、以下の手順が必要とされています。
ステップ1:事業承継に向けた準備の必要性の認識
ステップ2:経営状況・経営課題等の把握
ステップ3:事業承継に向けた経営改善
ステップ4:事業承継計画策定
ステップ5:事業承継の実行
(1)ステップ1:事業承継に向けた準備の必要性の認識
まず、事業承継の準備の最初のステップとして、準備の必要性の認識が必要です。「なんだそんなことか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、十分な準備を経て事業承継を行うためには、現経営者が概ね60歳に達した頃には事業承継の準備に取り掛かることが望ましいと考えられています。60歳というと、経営者として油の乗り切った時期であり、現役バリバリで経営をされている方も多く、その時期までに現経営者が事業承継の準備の必要性を認識されている方は少ない印象を受けます。
他方、事業を承継する後継者も、それまでは経営に携わっていない場合が多いため、積極的に事業承継の準備の必要性を認識されている方はほとんどいないと思います。
後述するとおり、事業承継の実行までには入念な準備が必要となりますので、まずはその必要性を認識することが事業承継の重要な一歩となるのです。
(2)ステップ2:経営状況・経営課題等の把握
次に、承継する事業の経営状況・経営課題等の把握が必要となります。
事業承継の対象となる事業の内容を正確に把握しなければ、現経営者も「何を、どのように引き継げばよいのか」分からず、事業承継を実行することはできません。
また、事業を承継する後継者も、どのような事業であるのかを正確に把握していなければ、そもそも後継者になるかどうか判断することも難しいはずです(買物をするときに、「どんな商品か分からないけど買ってみる」という人は少ないと思います。)。
そして、実際に事業承継を実行する過程においても、対象となる事業が明確になっていなければ、手続に支障が生じる可能性があります。
そのため、事業承継に向けた準備として、対象となる事業の経営状況・経営課題等を把握し、「見える化」することが必要となるのです。
実際に、経営状況の「見える化」をすることはなかなか大変な作業ですので、外部の専門家に相談・依頼するような場面も出てくるかと思います。
(3)ステップ3:事業承継に向けた経営改善
続いて、事業承継の実行までには、可能な範囲で経営改善の努力を行うことが必要となります。
事業承継は、経営者の交代を機に事業を発展させる絶好の機会とも考えられます。そのため、現経営者としては、可能な限り経営改善に努め、より良い状態で引き継ぐ姿勢が必要となります。
後継者としても、経営状態が悪ければ事業承継に後ろ向きになってしまうでしょうし、このような観点からも事業承継に向けて経営改善の努力を行うことが必要です。
(4)ステップ4:事業承継計画策定
続いて、具体的に事業承継を進めていくにあたっては、事業の現状を整理した上で、いつ、何を、どのように、誰に承継するのかについて、具体的な計画を立てる必要があります。
具体的な計画策定の方法については、より専門性の高い内容となるため、機会があれば別のコラムで紹介しようと思いますが、親族内承継の場合には、①自社の現状分析、②今後の環境変化の予測と対応策・課題の検討、③事業承継の時期等を盛り込んだ事業の方向性の検討、④具体的な目標の設定、⑤円滑な事業承継に向けた課題の整理が必要とされています。
(5)ステップ5:事業承継の実行
このように、入念な準備段階を経て、ようやく事業承継の実行に至ります。
4.次回に向けて
実務で事業承継に携わっている中で、事業承継が円滑に実施できないケースの原因は、ほとんどが事業承継に向けた準備が十分でないことによるという印象です。そのため、今回のコラムでは、事業承継の準備の重要性や内容について説明させていただきました。次回以降のコラムでは、事業承継のスキームや注意点等について紹介する予定ですので、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
弁護士 髙塚 慎一郎
