1.はじめに
前回のコラムでは、事業承継における準備の重要性について説明しました。事業承継を円滑に実施するためには十分な準備が不可欠となります。
今回のコラムでは、そのような準備の中で検討することになる事業承継の代表的な手法について、M&A(事業を社外に引き継ぐ方法)を例に説明させていただきます。
2.M&Aの手法
(1)株式譲渡
株式譲渡とは、譲渡側が保有する会社の株式の全部又は一部を譲受側に譲渡する行為のことをいいます。
中小企業のM&Aでは、この手法が用いられることが多い印象です。株式譲渡では、対象となる会社の株式を移動させることにより、会社としての組織はそのままに、株主のみが変わることになります。資産、負債、契約関係等はそのまま会社に存続しますし、他の手法に比べると手続も簡便といえます。
ただし、譲受側はそのままの状態で会社を引き継ぐことになるため、貸借対照表上の数字に表れない簿外債務や、現時点では未発生であるものの将来的に発生し得る偶発債務も引き継いでしまうリスクがあります。
(2)事業譲渡
事業譲渡とは、譲渡側が保有する事業の全部又は一部を譲受側に譲渡する行為のことをいいます。
事業譲渡の対象となる「事業」の定義について、判例は「一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値ある事実関係を含む。)」(最判昭和40年9月22日・民集19巻6号1600頁)と述べています。端的にいえば、「事業」とは、一体として機能する資産、負債、雇用関係を含む契約関係と考えていただければよいと思います。
事業譲渡の場合、上記の資産、負債、契約関係を、一つ一つ譲渡側から譲受側に移動させる必要があります。その中で、不動産を移動させる場合には登記手続が伴いますし、雇用契約を移動させるには従業員の同意が必要なため、手続はやや煩雑になることが多いです。
ただし、メリットとして、特定の事業のみを承継することができるため、柔軟性に富んでおり、想定外の簿外債務等を引き継ぐリスクが低いという点があります。
(3)その他の手法
その他、中小企業のM&Aで用いられることは多くありませんが、譲渡側の会社の権利義務の全部を譲受側の会社に包括的に承継させ、譲渡側の会社は消滅する「合併」や、譲渡側である会社の権利義務の全部又は一部を分割し、譲受側の会社に包括的に承継させる「分割」という手法も存在します。また、新株発行、株式移転、株式交換等の手法も存在します。
3.どの手法を選択するか
このように、M&Aには様々な手法が存在し、実際にM&Aを実行する際には、それぞれの手法のメリット・デメリットを踏まえ、いずれの手法を選択するかを検討する必要があります。また、今回はM&Aのみを題材に手法について説明しましたが、事業承継には、親族内承継や従業員承継というスキームもあるため、実際には検討しなければならない事項はより多岐にわたります。
なんとなく察しておられる方もいるかと思いますが、日々の業務がある中でこれらの検討を行うのは容易ではありません。譲渡側の経営者のみで検討を行おうとしても、時間ばかりがかかり、なかなか検討が進まないという事態に陥りかねません。また、法律、会計、税務面の各内容について単独で十分な検討を行うことはリスクが大きすぎます。
そのため、M&Aの手法を検討し、選択するためには外部の協力者が不可欠です。外部の協力者とは、たとえば、アドバイザー、公認会計士、税理士、中小企業診断士、弁護士等です。事業承継について検討しておられる方は、まずはこれらの外部の協力者に相談することをお勧めします。もちろん、当事務所にご相談いただくのも大歓迎です。
4.次回に向けて
今回のコラムでは、事業承継の手法について説明させていただきました。繰り返しになってしまいますが、事業承継には多種多様な手法が存在し、それぞれの手法にメリット・デメリットがあるため、譲渡側の経営者のみでこれらの検討を十分に行うことは困難です。そのため、事業承継を円滑に行うためにも、まずは外部協力者への相談をお勧めします。
次回以降のコラムでは、事業承継をサポートする機関として、どのようなものがあるか紹介する予定ですので、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
弁護士 髙塚 慎一郎
