1.はじめに
2024年8月のメールマガジンにおいて「障害者雇用」についての記事を掲載いたしました。今回は、障害者雇用を実際に進めるうえでの「合理的配慮」についてご説明したいと思います。
2.「合理的配慮」の基本的な考え方
障害者雇用を進めるうえで求められる「合理的配慮」とは、障害者と障害者でない者(以下「非障害者」といいます)との均等な機会や待遇の確保、障害者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するための必要な措置のことを指します。
障害者雇用を行うにあたっては、事業主に障害者も働きやすい就業環境を整備することが求められていますが、その一環として、すべての事業主は、合理的配慮として、障害者雇用促進法36条の2から36条の4までの規定に基づき、以下のような措置を行うことになっています。
なお、同法の適用対象となる「障害者」には、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)、その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受けたり、職業生活を営むことが著しく困難な者が広く含まれています(同法2条)。
| 措置の内容 | 根拠条文 | |
|---|---|---|
| ① | 労働者の募集及び採用について、障害者と非障害者との均等な機会の確保の支障となっている事情を改善するため、労働者の募集及び採用にあたり、障害者からの申出により当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措置 ※ただし事業主に過重な負担を及ぼす場合は除く。 | 障害者雇用促進法 36条の2 |
| ② | 障害者である労働者について、非障害者の労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な措置(施設の整備、援助を行う者の配置など) ※ただし事業主に過重な負担を及ぼす場合は除く。 | 障害者雇用促進法 36条の3 |
| ③ | 上記①及び②の措置を講じるにあたっては、障害者の意向を十分に尊重すること | 障害者雇用促進法 36条の4第1項 |
| ④ | 上記②の措置に関し、障害者である労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備等を行うこと | 障害者雇用促進法 36条の2第2項 |
また、上記の各措置を適切に実施していくために「合理的配慮」の基本的な考え方の指針(合理的配慮指針)が定められています(同法36条の5第1項)。
合理的配慮指針の内容は、以下のとおりですので、障害者雇用を行う際に参考にしてください。
① 合理的配慮は、個々の事情を有する障害者と事業主との相互理解の中で提供されるべき性質のものであること
② 合理的配慮の提供は事業主の義務であるが、採用後の合理的配慮について、事業主が必要な注意を払ってもその雇用する労働者が障害者であることを知り得なかった場合には、合理的配慮の提供義務違反を問われないこと
③ 過重な負担にならない範囲で、職場において支障となっている事情等を改善する合理的配慮に係る措置が複数あるとき、事業主が、障害者との話し合いの下、その意向を充分に尊重した上で、より提供しやすい措置を講ずることは差し支えないこと
④ 障害者が希望する合理的配慮に係る措置が過重な負担であるとき、事業主は当該障害者との話し合いの下、その意向を充分に尊重した上で、過重な負担にならない範囲で合理的配慮に係る措置を講ずること
⑤ 合理的配慮の提供が円滑になされるようにするという観点を踏まえ、障害者も共に働く一人の労働者であるとの認識のもと、事業主や同じ職場で働く者が障害の特性に関する正しい知識の取得や理解を深めることが重要であること
3.「合理的配慮」の具体的な内容
「合理的配慮」として具体的にどのような措置を講ずるかは、個々の障害者である労働者の障害の状態や職場の状況に応じて異なりますが、例えば、車いすを使用している方のために机の高さを調整することや、知的障害を持つ方のために分かりやすい文書・絵図を用いて説明すること、精神障害を持つ方のためにできるだけ静かな場所で休憩できるようにすること等が考えられます(「障害者雇用促進法に基づく障害者差別の禁止・合理的配慮に関するQ&A」参照)。つまり、障害者も働きやすい就業環境の整備が求められているといえます。
この点について、障害者が働きやすくなる就業環境の整備が、会社にとって負担になることも考えられます。上記のQ&Aによれば、障害者が希望する合理的配慮に係る措置が過重な負担に該当するときは、希望通りの措置を講ずる義務はありません。ただし、その場合であっても、障害者と話し合い、その意向を十分に尊重した上で、過重な負担とならない範囲で、合理的配慮に係る何らかの措置を講ずる必要があります、とされています(上記の「合理的配慮指針」「④」も参照)。
なお、事業者の「過重な負担」にあたるかどうかは、①事業活動への影響の程度、②実現困難度、③費用・負担の程度、④企業の規模、⑤企業の財務状況、⑥公的支援の有無等を総合的に勘案しながら個別に判断するとされています。
4.合理的配慮の手続
合理的配慮を適切に実施するためには、労働者の「募集及び採用時」や「採用後」に、以下のような手続を実践することが重要です。
(1)「募集及び採用時」における合理的配慮の提供について
労働者の募集及び採用時には、①障害者からの合理的配慮の申出、②合理的配慮にかかる措置の内容に関する話合い、③合理的配慮の確定という手続を実践することが重要です。それぞれの内容の詳細は、以下のとおりです。
| 概要 | 内容 | |
|---|---|---|
| ① | 障害者からの合理的配慮の申出 | 募集及び採用時における合理的配慮が必要な障害者は、事業主に対して、募集及び採用にあたって支障となっている事情及びその改善のために希望する措置の内容を申し出ること |
| ② | 合理的配慮にかかる措置の内容に関する話合い | 事業主は、障害者からの合理的配慮に関する事業主の申出を受けた場合であって、募集及び採用にあたって支障となっている事情が確認された場合、合理的配慮としてどのような措置を講ずるかについて当該障害者と話合いを行うこと |
| ③ | 合理的配慮の確定 | 合理的配慮の提供義務を負う事業主は、障害者との話合いを踏まえ、その意向を十分に尊重しつつ、具体的にどのような措置を講ずるかを検討し、講ずることとした措置の内容又は当該障害者から申出があった具体的な措置が過重な負担に当たると判断した場合には、当該措置を実施できないことを当該障害者に伝えること ※講ずることとした措置の内容等を障害者に伝える際、当該障害者からの求めに応じて、当該措置を講ずることとした理由又は当該措置を実施できない理由を説明する。 |
(2)「採用後」における合理的配慮の提供について
障害者の労働者の採用後には、①事業主の職場において支障となっている事情の有無等の確認、②合理的配慮に係る措置の内容に関する話合い、③合理的配慮の確定という手続を実践することが重要です。②③内容は、上記(1)の「募集及び採用時」の内容と同様ですので、①の詳細について以下で補足させていただきます。
| 概要 | 内容 | |
|---|---|---|
| ① | 事業主の職場において支障となっている事情の有無等の確認 | ・労働者が障害者であることを雇入時までに把握している場合には、雇入時までに当該障害者に対して職場において支障となっている事情の有無を確認すること ・労働者が障害者であることを雇入時までに把握できなかった場合やそもそも雇入時に障害者でなかった場合には、障害者であることを把握(障害者となったことを把握)した際に、当該障害者に対し、遅滞なく、職場において支障となっている事情の有無を確認すること ・障害の状態や職場の状況が変化することもあるため、事業主は、必要に応じて定期的な職場において支障となっている事情の有無を確認すること |
| ② | 合理的配慮に係る措置の内容に関する話合い | 「募集及び採用時」と同様 |
| ③ | 合理的配慮の確定 | 「募集及び採用時」と同様 |
5.合理的配慮の提供義務に違反した場合
合理的配慮について、現時点では罰則規定を定められていないので、罰金などの刑事罰が科されることはありません。
ただし、合理的配慮の必要性が認められた場合には、障害者雇用促進法に基づき、事業主に対し助言、指導又は勧告等が行われることがあります(同法36条の6)。また、事業主が合理的配慮をしなかったことにより、障害者に不利益が発生した場合には、民事上の責任を問われる可能性がありますので、注意が必要です(静岡地裁浜松支部H30.6.18判決、神戸地裁尼崎支部H24.4.9判決など)。
6.まとめ
障害者を雇用する際の「合理的配慮」については、様々な方法が考えられますし、障害の特性を理解し、会社の業務や就業環境との調和を図る必要もあります。
お困りのことや疑問点がありましたら、当事務所の弁護士や社会保険労務士にお気軽にご相談ください。
弁護士・社会保険労務士 澤井 利之
